ーこの記事で分かることー
- ラテラルシンキングの定義とロジカルシンキングとの違いが理解できるようになる
- 発想力を鍛える7つの具体的なトレーニング方法を実践できるようになる
- ビジネスシーンでラテラルシンキングを活用する方法が分かるようになる
ラテラルシンキングとは|水平思考の基本概念
ビジネスの現場で「もっと斬新なアイデアを」と期待される場面は多い。しかし、論理的に考えれば考えるほど、似たような結論にたどり着いてしまう経験はないだろうか。この壁を突破する鍵となるのがラテラルシンキングである。従来の思考パターンを離れ、予想外の角度から問題を捉え直すこの手法は、イノベーション創出の原動力として注目を集めている。
ラテラルシンキングの定義と語源
既存の枠組みにとらわれず、斬新な解決策を生み出すのがラテラルシンキングである。日本語では「水平思考」と訳され、1967年にマルタ出身の心理学者エドワード・デボノによって提唱された。Lateral(横方向の)という語が示すとおり、問題に対して正面からではなく、横から、あるいは斜めからアプローチする発想法を指す。
デボノは、人間の脳が効率化のためにパターン認識を行う性質に着目した。このパターン化は日常生活では便利だが、新しいアイデアを生み出す際には障壁となる。ラテラルシンキングは、意図的にこのパターンを崩し、思考の可能性を広げる技術として体系化された。
ロジカルシンキングとの違い
なぜラテラルシンキングが注目されるのか。答えは、ロジカルシンキング(論理的思考)だけでは解決できない課題が増えているからだ。ロジカルシンキングは「垂直思考」とも呼ばれ、前提から結論へと段階的に積み上げていく。正確性と再現性に優れる一方、出発点となる前提が間違っていれば、どれだけ論理を重ねても正解にはたどり着けない。
ラテラルシンキングはこの前提そのものを疑う。たとえば「売上を伸ばすには価格を下げるべきか」という問いに対し、ロジカルシンキングは価格弾力性を分析する。一方、ラテラルシンキングは「そもそも売上を伸ばす必要があるのか」「売上以外の指標で成功を測れないか」と問いを変換する。両者は対立するものではなく、補完関係にある。
ビジネスで注目される理由
競合他社と同じ発想では差別化できない。この現実が、ラテラルシンキングへの関心を高めている。VUCA時代と呼ばれる現在、過去の成功パターンが通用しなくなるケースが増えた。AIの普及により、論理的な情報処理はますます自動化されていく。人間に必要とされるのは、AIには難しい「前提を覆す発想」や「異なる文脈をつなげる創造性」である。
マッキンゼーの調査では、創造性がビジネスリーダーに求められる上位スキルとして挙げられている。単なる問題解決ではなく、問題そのものを再定義できる人材への需要は今後も高まるだろう。
ラテラルシンキングの3つの特徴
ラテラルシンキングを実践するには、その本質的な特徴を理解しておく必要がある。表面的なテクニックだけを真似ても、思考の質は変わらない。ここでは、水平思考を支える3つの核心的な特徴を解説する。
前提を疑う思考アプローチ
なぜ既存の方法では行き詰まるのか。多くの場合、疑うべき前提を疑っていないことが原因である。「顧客は安い方を選ぶ」「若者はテレビを見ない」「会議は対面が基本」——こうした思い込みが、発想の幅を狭めている。
ラテラルシンキングでは、あらゆる前提に「本当にそうか」と問いかける。この問いかけ自体が、新しい選択肢を見つける入り口となる。前提を疑うとは、否定することではない。「もし違うとしたら、どうなるか」という仮説思考を働かせることだ。
多角的な視点からの問題把握
たとえば、売上低下という課題がある。営業部門は「価格競争力が弱い」と分析し、マーケティング部門は「認知度が足りない」と主張する。どちらも正しいかもしれないが、視点が固定されている。
ラテラルシンキングでは、顧客、競合、サプライヤー、さらには自社を離れた業界の視点からも問題を眺める。製造業の課題を飲食業の視点で見直す、BtoBの問題をBtoCの文脈で考えるといった越境的な思考が、思わぬ突破口を開くことがある。
既存の枠組みを超える発想
常識を覆す視点から新しい価値を見出す点が、ラテラルシンキングの醍醐味である。業界の慣習、社内のルール、専門家の見解——これらは通常、思考の土台として機能する。だが、土台が古くなれば、その上に何を積み上げても限界がある。
「そもそもこのルールは何のためにあるのか」「このやり方は誰が決めたのか」と問い直すことで、より本質的な目的に立ち返れる。枠組みを超えるとは、無秩序になることではなく、より適切な枠組みを再構築することだ。
発想力を鍛える7つの方法
ラテラルシンキングは才能ではなく、トレーニングで身につけられるスキルである。以下に紹介する7つの方法は、いずれも日常業務の中で実践できるものだ。継続的に取り組むことで、思考の柔軟性は着実に高まっていく。
「なぜ」を5回繰り返す習慣化
問題の本質に迫る思考を可能にするのが、トヨタ生産方式で有名な「なぜなぜ分析」である。表面的な原因で満足せず、根本原因にたどり着くまで「なぜ」を繰り返す。
たとえば「プロジェクトが遅延した」という問題に対し、「なぜ→担当者の作業が遅れた→なぜ→仕様変更が頻発した→なぜ→要件定義が曖昧だった→なぜ→ステークホルダーの合意形成が不十分だった→なぜ→キックオフ時の参加者が限られていた」と掘り下げる。5回目で見えてくる原因は、最初の問題とは全く異なる性質を持つことが多い。
オズボーンのチェックリストの活用
「転用できないか」「拡大できないか」「縮小できないか」。9つの質問を既存のものに当てはめ、アイデアを強制的に引き出す手法がある。広告業界の巨人アレックス・オズボーンが考案したこのチェックリストは、思考の漏れを防ぐ点で威力を発揮する。
自由に発想しようとすると、得意なパターンに偏りがちだ。「代用できないか」「再配置できないか」「逆転できないか」「結合できないか」といった問いを強制的に適用することで、普段は思いつかない方向にアイデアが広がる。
ランダム発想法の実践
辞書を開いて目に入った単語から連想する。あるいは、目の前にある物と課題を強引に結びつける。この一見非合理的な手法が、ランダム発想法である。
脳は関連性のないものを結びつけようとするとき、通常とは異なる神経回路を使う。この強制的な接続が、予想外のひらめきを生む。「傘」と「営業効率化」を結びつけるなら、「雨の日に顧客を訪問する価値」「折りたたみのように簡略化できるプロセス」など、意外な発想が引き出される。
逆説的思考トレーニング
どうすれば顧客満足度を下げられるか。どうすればプロジェクトを確実に失敗させられるか。このように、望ましくない結果を意図的に考える手法がある。得たい結果の逆を考えることで、見落としていたリスクや改善点が浮かび上がる。
人間は「良くする方法」より「悪くする方法」の方が具体的にイメージしやすい傾向がある。逆説から得られたリストを反転させれば、実践的な改善策に変換できる。
異分野からの類推思考
全く異なる業界の成功事例からヒントを得るのが類推思考である。アイデアの本質は、既存の要素の新しい組み合わせに過ぎない。同業他社の事例は参考にしやすいが、競合も同じ情報を持っている。差別化をもたらす発想は、異分野からもたらされることが多い。
航空業界のマイレージプログラムを参考にしたコーヒーチェーンのポイント制度、ホテル業界のコンシェルジュサービスを応用した保険会社の顧客対応など、越境的な発想は数多くの成功事例を生んできた。
制約条件を変えるワーク
予算ゼロ、納期半分という極端な制約を設けることで、従来の発想から強制的に離脱できる。逆に、制約を完全に取り払う思考実験も有効だ。「無限の予算があったら」「時間が無制限なら」と考えることで、本当に実現したいゴールが明確になる。
制約は思考の敵ではなく、創造性の触媒である。適切な制約を意図的に設定することで、アイデアの質と量は向上する。
Six Hats法によるチーム発想
6色の帽子を順番にかぶり、それぞれの視点から議論する。この構造化された発想法で、チームの創造性を引き出すのがSix Hats法である。エドワード・デボノが考案したこの手法では、白(事実)、赤(感情)、黒(批判)、黄(楽観)、緑(創造)、青(管理)の6つの視点を全員が順番に体験する。
通常の会議では、発言者の立場や性格によって視点が偏る。Six Hats法を使えば、全員が同じ視点で考える時間が確保される。批判的な人も緑の帽子の時間には創造的なアイデアを出す義務がある。この構造化された発散と収束が、チームの発想力を引き上げる。
ラテラルシンキングのビジネス活用事例
理論を理解しても、実際のビジネスでどう使えばよいのか分からなければ意味がない。ここでは、ラテラルシンキングが成果を生んだ2つのケースを紹介する。いずれも、前提を疑い、視点を変えることで突破口を見出した例である。
商品開発での活用ケース
従来の延長線上では生まれなかった商品がある。ある食品メーカーでは、健康志向の高まりを受けて低カロリー商品の開発を進めていた。しかし、競合も同様の取り組みを行っており、差別化が困難だった。
開発チームは「カロリーを減らす」という前提を疑い、「食べる量自体を減らせないか」と問いを転換した。結果として生まれたのは、少量で満足感を得られる濃厚な風味の商品である。カロリー表示は競合より高いが、一食あたりの摂取量が少なく済むため、結果的に健康的な食生活に貢献する。この逆転の発想は、市場で独自のポジションを確立する契機となった。
※本事例はラテラルシンキングの活用イメージを示すための想定シナリオです。
マーケティング戦略での活用ケース
競合とは異なる切り口で市場を開拓するのがラテラルシンキングの真価である。あるBtoB企業は、展示会での名刺獲得数を重視していた。しかし、獲得した名刺の多くは商談に発展せず、費用対効果に疑問を感じていた。
マーケティングチームは「名刺をたくさん集める」という目標を見直し、「商談確度の高い見込み客だけと接点を持つ」という方向に転換した。展示会ブースを縮小し、代わりに完全予約制の個別相談会を開催。来場者数は激減したが、商談化率は従来の5倍に向上した。量を追う常識から離れ、質に集中する判断が成果をもたらした。
※本事例はラテラルシンキングの活用イメージを示すための想定シナリオです。
ラテラルシンキングを阻む3つの壁
ラテラルシンキングの大切さを理解しても、実践できない人は多い。その背景には、意識しにくい心理的・環境的な障壁が存在する。これらの壁を認識することが、克服への第一歩となる。
確証バイアスによる思考の固定化
なぜ人は自分の考えを正当化する情報ばかり集めるのか。心理学でいう確証バイアスは、人間の認知に深く根ざした傾向である。新しいアイデアを思いついても、それを否定する情報は無意識に軽視してしまう。
この傾向を自覚することが対策の出発点となる。意図的に反対意見を探す、自分のアイデアを批判してくれる人に相談するといった行動が、思考の固定化を防ぐ。
正解を求める教育の影響
テストには必ず正解がある。この前提で育った人は、「正解のない問い」に苦手意識を持ちやすい。ラテラルシンキングは正解を見つける技術ではなく、選択肢を広げる技術である。しかし、評価される経験が少ないと、挑戦する動機が生まれにくい。
ビジネスの現場では、完璧な正解より「より良い選択肢」を見つけることが求められる。正解主義から脱却し、仮説を立てて検証するプロセス自体に価値を見出す姿勢が大切だ。
時間的プレッシャーと心理的安全性の欠如
締切に追われると、確実な方法を選びがちになる。創造的な発想には心理的な余裕が欠かせない。また、突飛なアイデアを出したときに否定される環境では、リスクを取る動機が失われる。
Googleの研究でも、心理的安全性がチームのパフォーマンスに大きく影響することが示されている。ラテラルシンキングを組織に根づかせるには、失敗を責めない文化の醸成が不可欠である。
ラテラルシンキングを習慣化するコツ
ラテラルシンキングは、一度学んで終わりではない。日常の中で繰り返し実践することで、自然と思考パターンが変化していく。ここでは、習慣化を助ける3つのポイントを紹介する。
日常の観察力を高める
当たり前を疑う視点を養うのが、観察力の向上である。通勤経路にある看板、いつも使うアプリのUI、会議での発言パターン——意識しなければ見過ごしてしまうものに目を向ける。
「なぜこのデザインなのか」「別のやり方はないか」と問いかける習慣が、ラテラルシンキングの土台となる。特別な時間を設ける必要はない。日常の隙間時間を活用するだけで、思考の訓練は可能だ。
失敗を許容する環境づくり
なぜ斬新なアイデアは出にくいのか。多くの場合、失敗への恐れが発想を制限している。個人としては、小さな実験を繰り返すことで失敗への耐性を高められる。チームとしては、アイデア出しの段階で評価を保留するルールを設けることが有効だ。
ブレインストーミングの原則である「判断を遅らせる」を徹底するだけで、発言のハードルは大きく下がる。
インプットの多様化
専門外の情報に触れることで、思考の幅は広がる。同じ業界のニュースばかり読んでいると、同じ発想しか生まれない。異なる分野の書籍、普段は見ないジャンルの映画、接点のない業界の人との対話が、新しいアイデアの種になる。
意識的にインプットの偏りを減らすことが、長期的な発想力の向上に結びつく。週に1冊、専門外の本を読む習慣を持つだけでも、効果は実感できるだろう。
よくある質問
ラテラルシンキングとクリティカルシンキングの違いは何ですか?
クリティカルシンキングは情報の妥当性を論理的に検証する思考法である。一方、ラテラルシンキングは既存の前提を超えて新しい発想を生み出す思考法だ。クリティカルシンキングが「この情報は正しいか」と問うのに対し、ラテラルシンキングは「別の可能性はないか」と問う。両者は補完関係にあり、ビジネスでは両方のスキルが求められる。
ラテラルシンキングは生まれつきの才能ですか?
生まれつきの素質による差はあるが、後天的に鍛えられるスキルである。エドワード・デボノ自身、ラテラルシンキングは訓練可能な技術であると強調している。大切なのは、正しい方法で継続的にトレーニングを行うことだ。本記事で紹介した7つの方法を3か月間継続すれば、多くの人が思考の変化を実感できる。
ラテラルシンキングのトレーニングにおすすめの本はありますか?
エドワード・デボノの著書『水平思考の世界』が原典として挙げられる。入門書としては『ずるい考え方 ゼロから始めるラテラルシンキング入門』が読みやすい。実践的なトレーニングには『ウミガメのスープ 本家『ラテシン』厳選ベスト問題集』のような水平思考パズル集も活用できる。まずは1冊を読み、紹介されているワークを実際に試してみることが大切だ。
チームでラテラルシンキングを実践するにはどうすればよいですか?
Six Hats法を導入するのが最も手軽な方法である。会議の一部に「緑の帽子タイム」を設け、批判なしでアイデアを出す時間を確保する。また、ブレインストーミングでは発言者の役職を意識しないルールを徹底する。心理的安全性を高め、突飛なアイデアも歓迎する雰囲気づくりが成功の鍵となる。
ラテラルシンキングを日常で練習する簡単な方法はありますか?
通勤時間に「もしこの広告を作り直すなら」と考える習慣がおすすめだ。電車内の広告、街中の看板を見て、別のアプローチを3つ考える。正解を出す必要はなく、思考のプロセス自体がトレーニングになる。1日5分の積み重ねが、半年後の発想力に差をつける。
ロジカルシンキングが得意な人はラテラルシンキングが苦手になりますか?
苦手になることはないが、意識的な切り替えが必要な場合がある。ロジカルシンキングは前提を固定して論理を積み上げるため、前提を疑う習慣が身についていないことがある。両方のスキルを持つ人は、場面に応じて使い分けられるため、むしろ強みになる。ラテラルシンキングで選択肢を広げ、ロジカルシンキングで評価・選択するという組み合わせが理想的だ。
まとめ
ラテラルシンキングは、論理的思考だけでは突破できない課題に対して、前提を疑い、視点を変えることで新しい解決策を見出す思考法である。競合と同じ発想では差別化できない時代において、水平思考のスキルはビジネスパーソンの武器となる。
まずは「なぜなぜ分析」や「オズボーンのチェックリスト」など、取り組みやすい方法から始めるとよい。1日10分、3か月間の継続で思考パターンの変化を実感できるケースが多い。
具体的な第一歩として、明日の会議で一つ「そもそも」という問いを投げかけてみる。その小さな行動が、ラテラルシンキングを習慣化する起点となる。
