ー この記事の要旨 ー
- アサーションとは、自分も相手も尊重しながら自己主張するコミュニケーションスキルで、職場の人間関係改善やストレス軽減に直結します。
- 本記事では、アサーティブ・アグレッシブ・パッシブの3タイプの特徴と、DESC法やIメッセージを使った実践テクニックを場面別に解説します。
- 上司への相談から部下へのフィードバック、断り方まで、明日から使える具体的なフレーズとトレーニング方法がわかります。
アサーションとは?自己表現の3つのタイプを理解する
アサーションとは、自分の意見や感情を率直に表現しながら、相手の立場も尊重するコミュニケーションの方法です。
もともとは1950年代にアメリカの精神科医ジョセフ・ウォルピが行動療法の一環として提唱した概念で、現在ではビジネスシーンにおける対人スキルとして広く活用されています。ここがポイントですが、アサーションは単なる「自己主張の技術」ではありません。自分の権利を大切にしつつ、相手の権利も同じように尊重する姿勢が根底にあります。
本記事では、アサーションのメリット・デメリットについては関連記事「アサーションのメリット・デメリットと効果的なトレーニング法」で詳しく解説していますので、ここでは「アサーションの基本」と「職場での実践ポイント」に焦点を当てて解説します。
アサーションの定義と基本的な考え方
アサーションを一言で表すと「自他尊重の自己表現」です。自分の考えや気持ちを正直に伝えることと、相手の考えや気持ちを受け入れることを両立させます。
攻撃的になって相手を押さえつけるのでもなく、我慢して自分を抑え込むのでもない。そのバランスを取るのがアサーティブなコミュニケーションです。
実務の現場では、意見の対立や利害の調整が日常的に発生します。そうした場面で「言いたいことを言えずにストレスを溜める」か「強く主張しすぎて関係を壊す」かの二択に陥りがちな人にとって、アサーションは第三の選択肢を与えてくれます。
アサーション権という概念
アサーションの土台には「アサーション権」という考え方があります。これは、すべての人が持つ基本的な権利のことです。
具体的には、自分の意見を述べる権利、断る権利、間違える権利、助けを求める権利、考えを変える権利などが含まれます。大切なのは、これらの権利は自分だけでなく相手にも等しくあるという認識です。
「断ったら申し訳ない」「意見を言うと生意気だと思われる」といった遠慮は、自分のアサーション権を自ら放棄している状態ともいえます。権利があることを知り、それを適切に行使する意識を持つことが、アサーティブなコミュニケーションの出発点になります。
アサーションの3つのタイプと特徴
コミュニケーションスタイルは、アサーティブ(自他尊重型)、アグレッシブ(攻撃型)、パッシブ/ノンアサーティブ(受動型)の3つに分類されます。それぞれの特徴を理解することで、自分の傾向を把握し、改善の方向性が見えてきます。
アサーティブ(自他尊重型)の特徴
アサーティブな人は、自分の意見を明確に伝えながらも、相手の話に耳を傾けます。
たとえば、急な依頼を受けたとき、「申し訳ないのですが、今日は別の締め切りがあるので難しいです。明日の午後なら対応できますが、いかがでしょうか」と伝えられます。断る理由を説明し、代替案を提示する。相手を責めず、自分も無理をしない。このバランス感覚がアサーティブの本質であり、相手との間にWin-Winの関係を築く土台となります。
言葉遣いは率直でありながら丁寧で、表情や態度も穏やかです。
アグレッシブ(攻撃型)の特徴
「なんでこんな簡単なこともできないの?」「それは違うでしょ」。アグレッシブなコミュニケーションは、自分の主張を通すことを最優先し、相手の立場や感情への配慮が欠けています。
一見すると、意見をはっきり言う「強いリーダー」に見えることもあります。しかし実態は、相手を威圧したり、否定したりすることで自分の要求を押し通しているだけです。短期的には目的を達成できても、長期的には信頼を失い、周囲が本音を言えなくなるリスクがあります。
見落としがちですが、アグレッシブな態度の背景には「自分の意見が軽視されるのではないか」という不安が隠れていることも少なくありません。
パッシブ/ノンアサーティブ(受動型)の特徴
パッシブなタイプは、自分の意見や感情を抑え、相手に合わせることを優先します。
「私はなんでもいいです」「皆さんの意見に従います」が口癖になっていたら要注意です。一見、協調性があるように見えますが、本音を言わないことで誤解が生まれたり、不満が蓄積してある日突然爆発したりするパターンがよくあります。
日本の職場では「空気を読む」ことが美徳とされる場面もあり、パッシブな傾向が強化されやすい環境にあります。しかし、自分の意見を持たない人という印象を与えてしまうと、キャリア形成においてもマイナスに働きます。
自分のコミュニケーションタイプを見極める方法
自分がどのタイプに近いかを知ることが、改善の第一歩です。ただし、人は固定的に一つのタイプに分類されるわけではありません。場面や相手によって異なる傾向を示すことを前提に、自己分析を進めましょう。
タイプ別のチェックポイント
以下の傾向に心当たりがあるか、振り返ってみてください。
アサーティブ傾向 ・依頼を断るとき、理由と代替案をセットで伝えられる ・意見が異なる相手の話も最後まで聞ける ・自分の失敗を素直に認められる
アグレッシブ傾向 ・議論になると相手の話を遮って自分の意見を言いがち ・「でも」「だから」で反論することが多い ・相手が黙ると「勝った」と感じる
パッシブ傾向 ・頼まれると断れず、後で後悔する ・会議で意見を求められても「特にありません」と答えがち ・不満があっても直接言わず、別の人に愚痴を言う
正直なところ、多くの人はこれらの傾向が混在しています。完璧にアサーティブな人はほとんどいません。自分の「つい出てしまうパターン」を認識することが大切です。
タイプは場面や相手で変わる
上司の前ではパッシブになるが、部下に対してはアグレッシブになる。このように、立場や関係性によってコミュニケーションスタイルが変化するのは珍しくありません。
たとえば、IT企業でプロジェクトマネージャーを務める田中さん(仮名)のケースを考えてみます。田中さんは経営層への報告では言いたいことを言えず、決定事項をそのままチームに伝達していました。一方、チームメンバーには「なぜできないのか」と詰め寄ることも。経営層からは「主体性がない」、チームからは「話を聞いてくれない」という評価を受けていました。
※本事例はアサーションの活用イメージを示すための想定シナリオです。
田中さんのように、「誰に対して」「どんな場面で」自分のパターンが出やすいかを把握することで、改善すべきポイントが明確になります。
アサーションを職場で活かす4つの場面
アサーションは、上司への報告、部下へのフィードバック、同僚との調整、顧客対応など、職場のあらゆる場面で活用できます。それぞれの場面で意識すべきポイントを見ていきましょう。
上司への報告・相談
上司に対してパッシブになりやすい人は多いものです。「忙しそうだから後にしよう」「反対されそうだから言わないでおこう」と自己検閲してしまうケースがよくあります。
アサーティブに報告・相談するコツは、事実と意見を分けて伝えることです。「現状、Aという課題があります(事実)。私としてはBという対応が適切だと考えています(意見)。ご判断をいただけますか(依頼)」という構造を意識すると、要点が伝わりやすくなります。
反対意見を述べる場面でも、「おっしゃることはわかります。その上で、私は別の視点から〇〇と考えています」と、相手の意見を受け止めてから自分の見解を示すと、対立構造になりにくくなります。
部下へのフィードバック
部下の成長を促すフィードバックには、アサーティブなアプローチが欠かせません。ここが落とし穴で、「厳しく言わないと伝わらない」と考えてアグレッシブになったり、「傷つけたくない」と曖昧な表現に終始したりするパターンに陥りがちです。
心理的安全性(チーム内で自分の意見を安心して発言できる状態)が確保された環境では、率直なフィードバックが成長の糧になります。具体的な行動を指摘し、改善の方向性を一緒に考える姿勢が大切です。
同僚との協働・調整
利害が対立する部署間の調整や、業務分担の交渉など、同僚との間でもアサーションは役立ちます。
「うちの部署だけに負担がかかっている」と感じたとき、黙って我慢するか、相手を責めるかではなく、「現状の分担だと〇〇の業務が集中している状態です。△△の部分を分担いただくことは可能でしょうか」と、具体的な提案とともに相談するアプローチが建設的です。
顧客・取引先との交渉
営業やカスタマーサポートの現場では、顧客の要望と自社の方針の間で板挟みになることがあります。
無理な値引き要求に対して「検討します」と曖昧に返答し続けると、後々トラブルになりかねません。「ご要望は承知しました。ただ、この価格での提供は難しい状況です。代わりに〇〇のオプションを追加する形ではいかがでしょうか」と、できないことを明確にした上で代替案を示すのがアサーティブな対応です。
アサーションの実践テクニック
アサーティブなコミュニケーションを実践するための代表的な技法として、DESC法とI(アイ)メッセージがあります。この2つを使いこなせるようになると、多くの場面で応用が利きます。
DESC法の4ステップ
DESC法は、アメリカの心理学者シャロン・A・バウアーとゴードン・H・バウアーが提唱したコミュニケーション技法で、以下の4ステップで構成されます。
D(Describe:描写する) 状況や相手の行動を客観的に描写します。評価や感情を交えず、事実だけを伝えます。 例:「先週お願いした資料の件ですが、まだ届いていない状況です」
E(Express/Explain:表現する・説明する) 自分の気持ちや考えを伝えます。「私は」を主語にして表現します。 例:「私としては、明日のプレゼンに間に合うか心配しています」
S(Specify:提案する) 具体的な解決策や要望を提案します。 例:「本日中に送っていただくことは可能でしょうか」
C(Choose/Consequence:選択肢を示す) 提案が受け入れられた場合と、そうでない場合の結果を伝えます。 例:「本日中にいただければ、明日のプレゼンに反映できます。難しければ、概要版で進めることも検討します」
実は、このステップを丁寧に踏むことで、感情的な対立を避けながら建設的な話し合いができるようになります。
I(アイ)メッセージの使い方
I(アイ)メッセージとは、主語を「私」にして伝える表現方法です。対照的に、主語を「あなた」にする表現をYOU(ユー)メッセージと呼びます。
YOUメッセージの例 「あなたはいつも報告が遅い」 「あなたのやり方は間違っている」
Iメッセージの例 「報告が遅れると、私は次の作業の計画が立てにくくなります」 「私は別のやり方のほうが効率的だと感じています」
YOUメッセージは相手を責める印象を与えやすく、防衛反応を引き起こします。Iメッセージは自分の感情や考えを伝えるため、相手が受け入れやすくなります。
場面別フレーズ例
断るとき 「お声がけいただきありがとうございます。ただ、現在〇〇の対応で手一杯のため、今回は難しい状況です。△△さんなら対応可能かもしれません」
依頼するとき 「〇〇の件でお力を借りたいのですが、お時間いただけますか。具体的には△△をお願いできると助かります」
意見が異なるとき 「なるほど、そういう考え方もありますね。私は少し違う見方をしていて、〇〇という点が気になっています」
アサーションがもたらす3つのメリット
アサーションを身につけると、人間関係のストレス軽減、信頼関係の構築、チームの生産性向上という3つのメリットが得られます。
人間関係のストレス軽減
言いたいことを我慢し続けると、ストレスは蓄積します。逆に、感情のままに発言すれば、後悔や罪悪感が残ります。
アサーティブなコミュニケーションでは、自分の考えを適切に表現できるため、「言えなかった」という後悔が減ります。また、相手を傷つけないよう配慮するため、「言いすぎた」という罪悪感も軽減されます。このバランスが、メンタルヘルスの維持を支えます。
信頼関係の構築
心理学で「ラポール」と呼ばれる信頼関係(相互の信頼と親和性に基づく関係性)は、一朝一夕には築けません。注目すべきは、アサーティブなやり取りを重ねることで、「この人は本音を言ってくれる」「この人の言葉は信頼できる」という評価が積み上がっていく点です。
パッシブな人は「何を考えているかわからない」、アグレッシブな人は「話しかけにくい」という印象を持たれやすいものです。アサーティブなスタイルは、周囲からの信頼を得る土台となります。
チームの生産性向上
チーム内でアサーティブなコミュニケーションが浸透すると、意見交換が活発になり、問題の早期発見・解決を促進します。
「言っても無駄」「どうせ否定される」という空気があるチームでは、情報共有が滞り、小さな問題が大きくなってから表面化しがちです。反対に、誰もが率直に発言できる環境では、多様な視点からのアイデアが集まり、イノベーションの源泉になります。
アサーショントレーニングの始め方
アサーションのトレーニングを継続するコツは、日常の小さな場面から始めること、自分の傾向を記録すること、フィードバックをもらえる相手を見つけることの3点です。
日常でできる練習法
いきなり上司や顧客相手に実践するのはハードルが高いものです。まずは、日常の些細な場面から始めましょう。
たとえば、飲食店で注文と違う料理が出てきたとき。黙って食べるのでも、店員を責めるのでもなく、「すみません、私が頼んだのは〇〇だったのですが」と事実を伝える。これも立派なアサーションの練習です。
職場では、会議で一度は発言する、依頼を受けたときに即答せず「確認してから返答します」と言う、といった小さな行動から始められます。
業界・職種別の練習例 ・人事部門:採用面接やコンピテンシー評価の場面で、DESC法を意識して質問を組み立てる ・エンジニア:アジャイル開発のスプリントレビューでIメッセージを使ってフィードバックする(「このコードは問題がある」→「私はこの部分の可読性が気になりました」)
継続するためのコツ
トレーニングを習慣化するには、振り返りの時間を確保することが欠かせません。
1日の終わりに5分程度、「今日、アサーティブに対応できた場面」「うまくいかなかった場面」を書き出してみましょう。うまくいかなかった場面については、「どう言えばよかったか」を考えてメモしておくと、次に似た状況が来たときに対応しやすくなります。
可能であれば、信頼できる同僚や友人に「最近、こういう言い方を意識しているんだけど、どう感じる?」と聞いてみるのも有用です。第三者の視点からのフィードバックは、自分では気づけない癖を発見する手がかりになります。
よくある質問(FAQ)
アサーションとアサーティブの違いは何ですか?
アサーションは「方法・概念」、アサーティブは「状態・性質」を表す形容詞です。
アサーションは名詞で、「自他尊重の自己表現」という考え方やスキル全体を意味します。一方、アサーティブは形容詞で、「アサーションを実践している状態」や「そのような性質を持つ」ことを表します。
つまり、「アサーションを学ぶ」「アサーティブな対応をする」という使い分けになります。関連語として、アサーティブネス(assertiveness)という名詞もあり、これは「アサーティブである性質」を指します。
アサーションのDESC法とは具体的にどう使いますか?
DESC法は、描写・表現・提案・選択肢の4ステップで伝える技法です。
たとえば、同僚が約束の時間に遅れがちな場合、「今日の打ち合わせ、15分遅れでしたね(D)。私は次の予定との調整が難しくなって困っています(E)。次回から5分前には来ていただけると助かります(S)。そうしていただければスムーズに進められますし、難しければ開始時間自体を調整することも検討できます(C)」と伝えます。
感情的にならず、具体的な行動の改善を促せるのがDESC法の強みです。
職場で断るときのアサーティブな言い方は?
断るときのポイントは、感謝・理由・代替案の3要素をセットで伝えることです。
「お声がけいただきありがとうございます(感謝)。ただ、現在〇〇の締め切り対応中で手が離せない状況です(理由)。来週以降でしたら対応可能ですが、いかがでしょうか(代替案)」という形が基本です。
曖昧に「ちょっと難しいかもしれません」と言うより、できない理由と代わりにできることを明確にしたほうが、相手も次の手を打ちやすくなります。
アサーショントレーニングは何から始めればいいですか?
最初の一歩は、自分のコミュニケーションパターンを1週間記録することです。
「言いたいことを言えなかった場面」「つい強く言いすぎた場面」をメモし、どんな相手・状況で自分の傾向が出やすいかを把握します。パターンが見えてきたら、その場面で使えるフレーズを事前に準備しておくと、実践しやすくなります。
最初から完璧を目指す必要はありません。「今日は1回だけ、Iメッセージを使ってみる」など、小さな目標から始めるのがおすすめです。
まとめ
アサーションで成果を出すには、田中さんの事例が示すように、自分のタイプを把握し、場面に応じてDESC法やIメッセージを使い分け、相手の権利も自分の権利も等しく尊重する姿勢を持つことがカギです。
まずは1週間、自分のコミュニケーションパターンを記録することから始めてみてください。「言えなかった場面」「言いすぎた場面」を書き出し、1日1回はIメッセージを意識して使ってみる。30日続ければ、自分の変化を実感できるはずです。
小さな実践を積み重ねることで、職場での人間関係も、自分自身のストレスコントロールも、確実に変わっていきます。

