ー この記事の要旨 ー
- ワークエンゲージメントとは、仕事に対してポジティブで充実した心理状態を指し、厚生労働省も健康経営の文脈で注目している概念です。
- 本記事では、厚生労働省が示す定義を軸に、活力・熱意・没頭という3つの構成要素、UWESによる測定方法、そして類似概念との違いを体系的に解説します。
- ワークエンゲージメントの基本を正しく理解することで、組織の生産性向上や従業員の働きがい改善に向けた第一歩を踏み出せます。
ワークエンゲージメントとは?厚生労働省が示す定義
ワークエンゲージメントとは、仕事に対して「活力」「熱意」「没頭」の3つが揃った、ポジティブで充実した心理状態を指します。
この概念は、オランダ・ユトレヒト大学のウィルマー・シャウフェリ教授らが提唱したもので、もともとは「バーンアウト(燃え尽き症候群)」の対極にある状態として研究が始まりました。従来の産業心理学がストレスや疲弊といったネガティブな側面に注目していたのに対し、ワークエンゲージメントは「働く人がいきいきとしている状態」に焦点を当てています。
学術的な定義と厚生労働省の位置づけ
厚生労働省は「令和元年版 労働経済の分析」において、ワークエンゲージメントを「働きがい」を構成する重要な概念として取り上げています。同白書では、ワークエンゲージメントが高い職場ほど離職率が低く、生産性が高い傾向にあると分析されています。
ここがポイントですが、厚生労働省がこの概念を採用した背景には、単なる「満足度」ではなく「仕事への積極的な関与」を測定できる点があります。従業員が職場に満足しているだけでなく、主体的に仕事に取り組んでいるかどうかを把握できるため、健康経営や働き方改革の効果測定にも活用されています。
ポジティブ心理学から生まれた概念
ワークエンゲージメントは、ポジティブ心理学(人間の強みや幸福感に焦点を当てる心理学の一分野)の流れを汲んでいます。従来の「問題を減らす」アプローチではなく、「良い状態を増やす」という発想が根底にあります。
この視点の転換は実務でも意味を持ちます。ストレス要因を減らすだけでなく、仕事のやりがいや成長機会を増やすことで、従業員の心理状態を積極的に高められるという考え方です。
ワークエンゲージメントを構成する3つの要素
ワークエンゲージメントは、「活力(Vigor)」「熱意(Dedication)」「没頭(Absorption)」の3つの要素で構成されています。この3つが揃って初めて、ワークエンゲージメントが高い状態といえます。
※本事例は3つの要素の活用イメージを示すための想定シナリオです。
IT企業のプロジェクトマネージャー・田中さん(35歳)は、新規サービスの立ち上げを任されました。締め切りが厳しく、チームメンバーも経験が浅い状況です。それでも田中さんは毎朝出社するのが楽しみで(活力)、「このサービスで業界を変えたい」という使命感を持ち(熱意)、気づけば終業時間を過ぎても没頭して作業を続けていました(没頭)。結果、プロジェクトは予定より早く完了し、チームの結束も高まりました。
活力(Vigor):エネルギーと回復力
活力とは、仕事に対する高いエネルギーレベルと精神的な回復力を指します。
活力が高い状態では、困難な課題に直面しても粘り強く取り組めます。朝起きて「今日も仕事をがんばろう」と思える感覚、長時間の作業でも疲れを感じにくい状態がこれに該当します。
実は、活力は単なる体力や気合いとは異なります。仕事そのものからエネルギーを得ている状態であり、休息後には自然と回復する特徴があります。
熱意(Dedication):仕事への意義と誇り
熱意とは、仕事に対する強い関与と、意義・誇り・挑戦心を感じている状態です。
「自分の仕事には価値がある」「この仕事を通じて成長できている」という感覚が熱意の核心です。単に楽しいから続けているのではなく、仕事の目的や社会的意義を感じて取り組んでいます。
注目すべきは、熱意は外部からの報酬だけでは生まれにくい点です。仕事の内容そのものに意味を見出せるかどうかが鍵を握ります。
没頭(Absorption):集中と時間感覚
没頭とは、仕事に完全に集中し、時間の経過を忘れるほど夢中になっている状態です。
心理学者ミハイ・チクセントミハイが提唱した「フロー状態」に近い概念で、作業に深く入り込み、周囲の雑音が気にならなくなる感覚です。没頭している間は仕事から離れることが惜しく感じられます。
ただし押さえておきたいのは、没頭だけが突出していても、ワークエンゲージメントが高いとは言えない点です。活力と熱意が伴わない没頭は、むしろワーカホリック(仕事中毒)に近づく可能性があります。
3つの要素が職場でどう現れるか
ワークエンゲージメントの3要素は、日常の行動や態度として観察できます。自分自身やチームメンバーの状態を把握する際の参考になります。
活力が高い人の行動特性
活力が高い人は、困難な状況でも前向きに解決策を探します。会議で問題が提起されたとき、「難しいですね」で終わらず「こうすればできるかもしれない」と提案する姿勢が見られます。
また、繁忙期を乗り越えた後の回復が早い傾向があります。一時的に疲れても、週末や休暇を経て活力を取り戻し、翌週には通常のパフォーマンスを発揮できます。
見落としがちですが、活力が高い人は周囲にもエネルギーを与えます。チームミーティングで積極的に発言し、停滞しがちな議論を前に進める役割を担うことが多いです。
熱意が高い人の行動特性
熱意が高い人は、仕事の目的や背景を深く理解しようとします。「この作業は何のためにやるのか」を常に意識し、単なる作業者ではなく当事者として関わります。
自分の仕事に誇りを持っているため、社外の人に自社の製品やサービスを説明する機会があれば、積極的に語ります。「うちの会社のここがすごい」と自然に言える状態です。
さらに、熱意が高い人は挑戦的な目標を自ら設定する傾向があります。上司から与えられた目標に加え、「ここまでやってみたい」という自発的な目標を持っています。
没頭が高い人の行動特性
没頭が高い人は、作業中の集中力が際立っています。話しかけられても気づかないほど深く作業に入り込み、中断されることを嫌います。
時間の感覚が変わるのも特徴です。「気づいたらもうこんな時間」という経験が頻繁にあり、作業に区切りをつけることに名残惜しさを感じます。
正直なところ、没頭しすぎると休憩を忘れたり、他の業務とのバランスが崩れたりするリスクもあります。適度な没頭と、全体を俯瞰する視点の両立が求められます。
ワークエンゲージメントが注目される背景
ワークエンゲージメントが日本で注目されるようになった背景には、働き方改革と健康経営の推進があります。
健康経営と働き方改革の流れ
経済産業省が推進する「健康経営」の枠組みにおいて、ワークエンゲージメントは従業員の健康状態を測る指標の一つとして位置づけられています。健康経営優良法人の認定基準にも、従業員のエンゲージメント向上への取り組みが含まれています。
働き方改革の文脈では、単に労働時間を減らすだけでなく、「働きがい」を高めることの重要性が認識されるようになりました。残業を減らしても、従業員がやりがいを感じていなければ生産性は上がりません。
大切なのは、健康経営が「コスト」ではなく「投資」として捉えられるようになった点です。ワークエンゲージメントが高い組織では、離職率の低下、生産性の向上、創造性の発揮といった成果が期待できます。
ストレスチェック制度との関連
2015年に義務化されたストレスチェック制度は、従業員のメンタルヘルス不調を予防する目的で導入されました。ストレス要因を特定し、職場環境の改善につなげる仕組みです。
ここで注目すべきは、ストレスチェックが「ネガティブな状態の把握」に重点を置いているのに対し、ワークエンゲージメントは「ポジティブな状態の把握」を可能にする点です。両者を組み合わせることで、従業員の心理状態をより立体的に理解できます。
実務では、ストレスチェックの結果が良好でも、ワークエンゲージメントが低いというケースが見られます。ストレスはないが、やりがいも感じていない状態です。こうした「静かな離職予備軍」を把握するためにも、ワークエンゲージメントの測定が有効です。
ワークエンゲージメントの測定方法
ワークエンゲージメントを組織で活用するには、まず現状を測定する必要があります。最も広く使われている測定尺度がUWES(Utrecht Work Engagement Scale)です。
UWESの概要と質問構成
UWES(ユトレヒト・ワーク・エンゲージメント尺度)は、シャウフェリ教授らが開発した測定ツールです。「活力」「熱意」「没頭」の3要素それぞれについて質問項目が設定されています。
オリジナル版は17項目ですが、実務では9項目の短縮版(UWES-9)が広く使われています。各質問に対して「まったくない(0点)」から「いつも感じる(6点)」の7段階で回答し、合計点や平均点を算出します。
質問例としては、「仕事をしていると、活力がみなぎるように感じる」(活力)、「自分の仕事に誇りを感じる」(熱意)、「仕事に没頭しているとき、幸せだと感じる」(没頭)などがあります。
日本語版UWESは、島津明人教授(慶應義塾大学)らによって翻訳・検証されており、日本の職場環境でも妥当性が確認されています。
測定結果の読み取り方
UWESのスコアは、単純に高ければ良いというものではありません。3つの要素のバランスと、経年変化を見ることがポイントです。
たとえば、没頭のスコアだけが高く、活力が低い場合は注意が必要です。仕事に夢中になりすぎて疲弊している可能性があります。逆に、活力は高いが熱意が低い場合は、エネルギーはあるが仕事に意義を感じていない状態かもしれません。
率直に言えば、一度の測定で判断するのは危険です。四半期ごと、あるいは半年ごとに定期測定を行い、変化の傾向を追うことで、組織の健康状態をより正確に把握できます。
部署別・職種別の比較も有効です。特定の部署だけスコアが低い場合、その部署固有の課題がある可能性を示唆しています。
ワークエンゲージメントと類似概念の違い
ワークエンゲージメントは、モチベーション、従業員満足度、ワーカホリックといった類似概念と混同されがちです。それぞれの違いを整理しておくと、概念の理解が深まります。
モチベーションとの違い
モチベーション(動機づけ)は、行動を起こす原動力や意欲を指します。「何かをやりたい」「目標を達成したい」という気持ちがモチベーションです。
ワークエンゲージメントとの違いは、対象の広さと持続性にあります。モチベーションは特定の目標や報酬に対する意欲であり、目標達成や報酬獲得後には低下する傾向があります。一方、ワークエンゲージメントは仕事全体に対する持続的な心理状態です。
実務では、昇進というモチベーションで頑張っていた人が、昇進後に燃え尽きるケースが見られます。これはモチベーションはあったがワークエンゲージメントが低かった例といえます。
従業員満足度との違い
従業員満足度(ES:Employee Satisfaction)は、給与、福利厚生、職場環境、人間関係など、職場の諸条件に対する満足の程度を測定します。
ワークエンゲージメントとの決定的な違いは、「能動的か受動的か」という点です。従業員満足度は「与えられた条件への評価」であり、受動的な性質を持ちます。ワークエンゲージメントは「仕事への主体的な関与」であり、能動的な性質を持ちます。
ここが落とし穴で、従業員満足度が高くても、ワークエンゲージメントが低い場合があります。「待遇には満足しているが、仕事自体にはやりがいを感じない」という状態です。両方の指標を組み合わせて測定することで、より正確な組織診断が可能になります。
ワーカホリックとの違い
ワーカホリック(仕事中毒)は、強迫的に働き続ける状態を指します。外見上は「よく働く人」に見えますが、内面は大きく異なります。
ワークエンゲージメントが高い人は、仕事を楽しんでいるから働きます。仕事から離れても幸福感を維持でき、休暇を楽しむ余裕があります。一方、ワーカホリックの人は、働いていないと不安だから働きます。休むことに罪悪感を覚え、仕事から離れると落ち着きません。
意外にも、両者は「没頭」の部分で重なって見える場合があります。しかし、ワーカホリックには「活力」と「熱意」、特に仕事への誇りや意義の感覚が欠けています。長期的には心身の健康を損なうリスクが高く、バーンアウトに至る可能性があります。
組織でワークエンゲージメントを活かす方向性
ワークエンゲージメントの定義と測定方法を理解したら、組織での活用を検討する段階に進みます。詳細な向上施策は別記事で解説しますが、ここでは基本的な方向性を押さえておきましょう。
測定から改善へのステップ
組織でワークエンゲージメントに取り組む際の基本ステップは、「現状把握→課題特定→施策実施→効果測定」のサイクルです。
最初のステップは、UWESなどの尺度を用いた現状測定です。全社一斉に実施し、部署別・職種別・年代別などの切り口で分析します。
測定結果から課題を特定する際は、スコアの低い部署や、3要素のバランスが崩れている層に注目します。なぜスコアが低いのか、現場へのヒアリングを通じて要因を探ります。
施策の実施後は、再度測定を行い効果を検証します。このサイクルを継続することで、組織全体のワークエンゲージメント向上につなげていきます。
ジョブ・クラフティングとの連携
ワークエンゲージメント向上のアプローチとして注目されているのが、ジョブ・クラフティング(Job Crafting)です。これは、従業員自身が主体的に仕事の内容ややり方を調整し、働きがいを高める手法です。
ジョブ・クラフティングには3つの方向性があります。「タスクの範囲を変える」「人間関係を変える」「仕事の意味づけを変える」です。与えられた仕事をただこなすのではなく、自分なりの工夫や意味づけを加えることで、熱意や活力を高めます。
マーケティング部門であれば、GA4(Googleアナリティクス4)のスキルを活かして他部署のデータ分析を手伝う、といった形で仕事の範囲を広げることがジョブ・クラフティングの一例です。経理部門であれば、簿記2級の知識を活かして若手向けの勉強会を開催する、といった取り組みも該当します。
組織としては、従業員が自律的に仕事を調整できる裁量権を確保し、ジョブ・クラフティングを後押しする環境を整えることがポイントになります。
よくある質問(FAQ)
ワークエンゲージメントが低いとどうなる?
離職リスクの上昇やパフォーマンス低下を招きます。
仕事に対する活力・熱意・没頭が欠けた状態では、業務への集中力が落ち、ミスが増える傾向があります。また、職場への愛着が薄れ、より良い条件を求めて転職を検討し始める人も出てきます。
組織全体で見ると、低エンゲージメント層が増えることで職場の活気が失われ、周囲の従業員にも悪影響を及ぼす可能性があります。
ワークエンゲージメントとバーンアウトの関係は?
ワークエンゲージメントとバーンアウトは、対極にある概念です。
バーンアウト(燃え尽き症候群)は、長期的なストレスや過重労働によって心身が消耗し、仕事への意欲を完全に失った状態です。ワークエンゲージメントが「いきいきと働いている状態」なら、バーンアウトは「枯渇して動けない状態」といえます。
バーンアウトの詳細な症状や対処法については、関連記事で詳しく解説しています。
個人でもワークエンゲージメントを測定できる?
UWES-9(9項目版)を使えば、個人での簡易的な自己診断が可能です。
質問項目は学術論文で公開されており、7段階で回答して平均点を算出します。ただし、個人での測定はあくまで参考値であり、専門家による解釈や組織全体との比較があって初めて意味を持ちます。
自分の状態を客観視するきっかけとして活用し、気になる点があれば人事部門や産業保健スタッフに相談することをおすすめします。
ワークエンゲージメントは性格で決まる?
性格特性の影響を受けますが、それだけで決まるわけではありません。
楽観的な性格や、困難を成長機会と捉えるマインドセットを持つ人は、ワークエンゲージメントが高くなりやすい傾向があります。しかし、職場環境、仕事の内容、上司との関係、成長機会の有無といった外的要因も大きく影響します。
性格は変えにくくても、仕事の環境や取り組み方は調整できます。ジョブ・クラフティングのような手法を通じて、自分に合った働き方を見つけることでエンゲージメントを高められます。
まとめ
ワークエンゲージメントを理解するポイントは、田中さんの事例が示すように、活力・熱意・没頭の3要素がバランスよく揃った状態を目指すことにあります。厚生労働省が「働きがい」の指標として位置づけているこの概念は、単なる満足度とは異なり、仕事への主体的な関与を測定できる点が特徴です。
まずは週に1回、自分自身の状態を振り返る時間を設けてみてください。「朝、仕事に向かうときにエネルギーを感じるか」「自分の仕事に誇りを持てているか」「作業に没頭して時間を忘れることがあるか」。この3つの問いを1ヶ月続けることで、自分のエンゲージメント状態の変化に気づけるようになります。
小さな振り返りを積み重ねることで、働きがいの向上と組織への貢献の両立がスムーズに進みます。
