ー この記事の要旨 ー
- アサーションは自分も相手も尊重しながら意見を伝えるコミュニケーションスキルで、職場の人間関係改善やストレス軽減に直結します。
- 本記事では、アサーションの5つのメリットと3つのデメリットを具体例とともに解説し、DESC法やIメッセージなど実践テクニックを紹介します。
- さらに、セルフモニタリングやロールプレイングを活用した段階的なトレーニング法と、よくある失敗パターンへの対策まで網羅しています。
アサーションとは
アサーションとは、自分の意見や気持ちを率直に表現しながら、相手の立場や感情も尊重するコミュニケーションの方法です。
英語の「assertion」は「主張」を意味しますが、単に自分の言いたいことを押し通すのではありません。互いの権利を認め合い、対等な関係の中で建設的な対話を目指す点が特徴です。日本では心理学者・平木典子氏の研究によって1980年代から広まり、現在ではビジネス研修やメンタルヘルス対策の場面で活用されています。
本記事では、アサーションの3タイプについては関連記事「アサーションとは?3つのタイプと職場での実践ポイント」で詳しく解説していますので、ここではメリット・デメリットとトレーニング法に焦点を当てて解説します。
アサーションの基本的な考え方
アサーションの根底にあるのは「自分にも相手にも、意見を伝える権利がある」という考え方です。
遠慮して言いたいことを飲み込むのでもなく、相手を言い負かそうとするのでもない。双方が納得できる着地点を探る姿勢がアサーティブなコミュニケーションの核心です。実務では、この姿勢が会議での発言や上司への報告、顧客との交渉など、あらゆる場面で求められます。
ここがポイントですが、アサーションは「性格」ではなく「スキル」です。トレーニングによって誰でも習得できるという点が、多くのビジネスパーソンにとって希望となっています。
3つのコミュニケーションタイプ
コミュニケーションのスタイルは大きく3つに分類されます。
攻撃的(アグレッシブ)タイプは、自分の意見を優先し、相手の気持ちを軽視しがちです。非主張的(ノンアサーティブ)タイプは、相手に合わせすぎて自分の意見を抑え込む傾向があります。そしてアサーティブタイプは、自分も相手も尊重しながら率直に伝えるスタイルです。
多くの人は状況によってこれらのタイプを使い分けていますが、無意識のうちにどれかに偏っているケースがよくあります。自分の傾向を把握することが、アサーション習得の第一歩となります。
アサーションを身につける5つのメリット
アサーションを身につけるメリットは、人間関係のストレス軽減、自己肯定感の向上、チームの心理的安全性向上、交渉力の強化、キャリアの選択肢拡大の5点です。それぞれ詳しく見ていきましょう。
人間関係のストレスが軽減する
言いたいことを我慢し続けると、不満が蓄積してストレスの原因になります。
「断れない」「意見を言えない」という状況が続くと、相手への苛立ちや自己嫌悪につながることも。アサーションを使えば、その場で適切に伝えられるため、モヤモヤを抱え込まずに済みます。
たとえば、急な依頼に対して「申し訳ないのですが、今日は別の締め切りがあるので、明日の午後なら対応できます」と伝えられれば、無理な残業を避けつつ協力の姿勢も示せます。
自己肯定感が高まる
自分の意見を適切に伝えられると、「自分の考えには価値がある」と実感できます。
非主張的なコミュニケーションを続けていると、「どうせ自分の意見は通らない」という思い込みが強化されがちです。アサーションによって発言が受け入れられる経験を積むことで、自己肯定感が徐々に高まっていきます。
正直なところ、最初は小さな成功体験から始まります。会議で一度でも自分の提案が採用されれば、次の発言へのハードルがぐっと下がるものです。
チームの心理的安全性が向上する
チームメンバーがアサーティブに発言できる環境は、心理的安全性(率直に意見を言っても否定されないという安心感がある状態)の高い組織の特徴です。
誰もが率直に意見を言え、それが否定されない雰囲気があると、問題の早期発見やアイデアの創出が活発になります。反対に、「余計なことを言うと損をする」という空気があると、重要な情報が共有されずにトラブルにつながるパターンがよくあります。
リーダーがアサーティブなコミュニケーションを実践し、メンバーの発言を受け止める姿勢を見せることで、チーム全体の対話の質が変わります。
交渉や調整がスムーズになる
アサーションはWin-Winの関係構築を目指すため、交渉や利害調整の場面で真価を発揮します。
一方的に押し切ろうとすれば相手の反発を招き、譲りすぎれば自分が損をする。アサーティブなアプローチなら、双方の利益を考慮しながら落としどころを探れます。
実務では、プロジェクトのスケジュール調整や予算交渉など、日常的に発生する調整業務の質が向上します。「こちらの事情を説明しつつ、相手の制約も確認する」という双方向のコミュニケーションが自然にできるようになります。
キャリアの選択肢が広がる
アサーションスキルは業界や職種を問わず評価される汎用的なビジネススキルです。
昇進面談で自分の実績をアピールする、転職活動で希望条件を伝える、新しいプロジェクトへの参加を提案するなど、キャリアを切り拓く場面では自己主張が不可欠です。アサーションを身につけていれば、こうした機会を逃さずに活かせます。
アサーションの3つのデメリットと注意点
アサーションにもデメリットがあり、習得に時間がかかること、場面によっては逆効果になること、自己主張と自分勝手の境界が曖昧になりやすいことの3点に注意が必要です。
習得に時間と練習が必要
アサーションは知識を得ただけでは身につきません。繰り返しの練習と実践が欠かせません。
長年染みついたコミュニケーションパターンを変えるのは簡単ではなく、意識してもつい以前の癖が出てしまうことがあります。見落としがちですが、スキル習得には通常3〜6ヶ月程度の継続的な取り組みが必要とされています。
「研修を受けたのに変われない」と感じる人も少なくありませんが、それは習得途上にあるだけです。焦らず小さな実践を積み重ねることが大切です。
相手や場面によっては逆効果になる
アサーションは万能ではありません。相手や状況によっては、かえって関係を悪化させるケースがあります。
たとえば、感情的になっている相手に対して論理的に主張しても、火に油を注ぐ結果になることも。また、権威主義的な文化が強い組織では、率直な意見が「生意気」と受け取られるリスクもあります。
ここが落とし穴で、「アサーティブに伝えれば必ずうまくいく」という思い込みは危険です。相手の状態や場の空気を読み、タイミングを見計らう判断力も同時に磨く必要があります。
自己主張と自分勝手の境界が曖昧になりやすい
「自分の意見を伝える」ことと「自分の都合を押し付ける」ことは紙一重です。
アサーションを学び始めた人が陥りやすいのが、「自分には主張する権利がある」という意識が先行しすぎるパターンです。相手への配慮が薄れると、周囲からは「自己中心的になった」と見られる場合があります。
アサーションの本質は「自分も相手も尊重する」点にあります。自分の主張ばかりに意識が向いていないか、定期的に振り返る姿勢が求められます。
アサーションが活きる職場の場面
アサーションが特に役立つ職場の場面は、依頼を断るとき、意見が対立したとき、フィードバックを伝えるときの3つです。
依頼を断るとき
急な仕事の依頼を受けたが、今は手が離せない。こうした場面でアサーションが役立ちます。
「今は難しいです」とだけ伝えると冷たい印象を与えますし、無理に引き受ければ自分の仕事に支障が出ます。アサーティブな断り方は、状況を説明し、代替案を提示するスタイルです。
「今日中は厳しいのですが、明日の午前中なら30分ほど時間を取れます。それでも大丈夫ですか?」このように伝えれば、相手も次の手を考えやすくなります。
意見が対立したとき
会議で自分と異なる意見が出たとき、どう対応するかでその後の議論の質が変わります。
攻撃的に反論すれば相手は防御的になり、建設的な議論になりません。かといって黙っていては、自分の視点が反映されないまま決定が進んでしまいます。
「〇〇さんの意見も理解できます。そのうえで、私は△△の観点から□□と考えています」という形で、相手を否定せずに自分の意見を述べるのがアサーティブなアプローチです。
フィードバックを伝えるとき
部下や後輩に改善点を伝える場面は、マネジメント層にとって避けて通れません。
厳しく指摘すれば相手のモチベーションを下げ、遠回しに言えば伝わらない。アサーティブなフィードバックは、事実を具体的に伝え、改善への期待を示すスタイルです。
「先日の提案資料、データ分析は丁寧でした。次回は結論を冒頭に持ってくると、さらにわかりやすくなると思います」のように、良い点と改善点をバランスよく伝えると受け入れられやすくなります。
アサーションの実践テクニック
アサーションを実践するテクニックとして、DESC法の4ステップ、Iメッセージの活用、アサーティブな言い回しの3つを押さえておくと、さまざまな場面で応用が利きます。
DESC法の4ステップ
DESC法は、アサーティブな伝え方を構造化したフレームワークです。
Describe(描写):まず状況や事実を客観的に述べます。「先週お願いした報告書の件ですが」のように、感情を交えずに何が起きているかを伝えます。
Express(表現):次に自分の気持ちや考えを表現します。「締め切りが迫っていて、少し焦っています」のように、主観を率直に伝えます。
Specify(提案):具体的な要望や提案を明確にします。「今週金曜までに進捗を教えていただけますか」のように、相手に求める行動を具体的に示します。
Choose(選択):相手の反応に応じた対応を考えます。受け入れてもらえた場合のお礼や、難しい場合の代替案をあらかじめ想定しておくと、会話がスムーズに進みます。
Iメッセージの使い方
Iメッセージとは、「私」を主語にして気持ちや考えを伝える技法です。
「あなたはいつも遅刻する」というYOUメッセージは相手を責める印象を与えます。一方、「私は予定通りに始められないと困るんです」というIメッセージなら、相手を攻撃せずに自分の状況を伝えられます。
Iメッセージの基本形は「私は〜のとき、〜と感じる」です。「私は会議に遅れて参加されると、説明をやり直す必要があって困っています」のように使います。相手の行動を批判するのではなく、自分への影響を伝えることで、防衛反応を引き起こしにくくなります。
アサーティブな言い回しの具体例
日常的に使えるアサーティブな言い回しをいくつか紹介します。
依頼を断るとき:「お声がけいただきありがとうございます。ただ、今は〇〇の対応中なので、△△以降でしたらお手伝いできます」
意見を述べるとき:「私の理解が正しければ〜ということですよね。そのうえで、私は〜と考えています」
要望を伝えるとき:「可能であれば〜していただけると助かります。難しければ、別の方法も一緒に考えさせてください」
実は、これらの言い回しは暗記するものではありません。「相手を尊重しつつ、自分の意見や状況を伝える」という原則を理解していれば、場面に応じてアレンジできます。
効果的なアサーショントレーニング法
効果的なアサーショントレーニングは、セルフモニタリング、ロールプレイング、日常での小さな実践という3つのステップで進めると定着しやすくなります。
セルフモニタリングから始める
トレーニングの第一歩は、自分のコミュニケーションパターンを観察することです。
1週間、日常の会話を振り返り、「このとき言いたいことを言えなかった」「つい攻撃的になってしまった」という場面をメモしてみてください。どんな相手に、どんな状況で、どのタイプのコミュニケーションになりやすいかが見えてきます。
注目すべきは、パターンの傾向です。「上司に対しては非主張的になりやすい」「急いでいるときは攻撃的になりがち」など、自分の癖を把握することで、重点的に練習すべきポイントが明確になります。
ビジネスケースで見るアサーショントレーニングの実践
IT企業でプロジェクトマネージャーを務める木村さん(32歳)は、チームメンバーへの指示が一方的になりがちで、メンバーから「話しかけづらい」というフィードバックを受けていました。
まずセルフモニタリングを1週間実施したところ、「締め切りが迫ると攻撃的な口調になる」「自分の考えを一方的に伝え、相手の意見を聞いていない」というパターンが浮かび上がりました。
次に、同僚とロールプレイングを行い、DESC法を使った依頼の仕方を練習。「今の進捗状況を教えてもらえますか。私としては金曜までに完了できると安心なのですが、難しい点があれば一緒に考えましょう」という言い回しを繰り返し練習しました。
2週間後、実際のミーティングでこの伝え方を試したところ、メンバーから「相談しやすくなった」という声が上がり、チーム内の情報共有も活発になりました。3ヶ月継続した結果、チーム内のコミュニケーションが活発になり、プロジェクトの進捗報告も早まるという成果につながっています。
※本事例はアサーショントレーニングの活用イメージを示すための想定シナリオです。
他の業界・職種での活用例
企画部門では、経営層へのプレゼンテーション前にDESC法で提案内容を構造化し、想定される反論への回答をIメッセージで準備しておくと、建設的な議論につながりやすくなります。また、PMP資格を持つプロジェクトマネージャーがステークホルダーとの調整でアサーションを活用すると、要件変更の交渉や優先順位の合意形成がスムーズになります。システムエンジニアがスクラム開発のレトロスペクティブでアサーションを活用すると、チーム内の改善提案が出やすくなり、開発プロセスの質向上に貢献します。
ロールプレイングで実践感覚をつかむ
頭で理解しただけでは、実際の場面で言葉が出てきません。ロールプレイングで体に覚えさせることが有効です。
信頼できる同僚や友人に協力してもらい、苦手な場面を設定して練習します。「急な依頼を断る」「会議で反対意見を述べる」など、具体的なシチュエーションを決めて繰り返し練習すると、本番での緊張が和らぎます。
大切なのは、練習後のフィードバックです。「声のトーンが硬かった」「表情が怖かった」など、言葉以外の要素も指摘してもらうと、より自然なコミュニケーションに近づけます。
日常会話での小さな実践を積み重ねる
いきなり難しい場面で実践しようとすると、失敗体験がトラウマになりかねません。
まずはリスクの低い場面から始めましょう。レストランで料理の好みを伝える、家族に週末の予定を提案するなど、日常の小さな場面でアサーティブな伝え方を試します。
成功体験を積み重ねることで、徐々に難易度の高い場面にも挑戦できるようになります。「今日は1回、Iメッセージを使ってみる」のように、具体的で達成可能な目標を設定すると継続しやすくなります。
アサーショントレーニングでよくある失敗と対策
アサーショントレーニングでよくある失敗は、完璧を求めすぎる、相手の反応を気にしすぎる、一度の失敗で諦めてしまうの3パターンです。
完璧を求めすぎる
「上手に言えなければ意味がない」と考えると、発言自体を避けるようになります。
アサーションは100点を目指すものではありません。従来のパターンより少しでもアサーティブに伝えられたら、それは進歩です。「完璧に言えた」ではなく「言いたいことを伝えようとした」という行動自体を評価する姿勢が継続のコツです。
相手の反応を気にしすぎる
アサーティブに伝えても、相手が期待どおりに反応するとは限りません。
「伝えたのに受け入れてもらえなかった」と落ち込むケースがありますが、相手の反応はコントロールできないものです。自分ができるのは、適切な方法で伝えることまで。結果は相手に委ねるという割り切りが必要です。
ただし、伝え方に改善の余地がなかったかは振り返りましょう。タイミングや言葉選びを変えれば、違う結果になることもあります。
一度の失敗で諦めてしまう
うまくいかなかった経験から「自分にはアサーションは向いていない」と結論づけるのは早計です。
どんなスキルも習得過程には失敗がつきものです。重要なのは、失敗から学び、次に活かすことです。「今回は声が小さかったから、次は少し大きめに話してみよう」のように、具体的な改善点を見つけて次のチャレンジにつなげましょう。
実は、失敗を経験している人ほど、スキルの定着度が高いという傾向があります。失敗は成長の証と捉え、前向きに取り組み続けることが大切です。
よくある質問(FAQ)
アサーションが逆効果になるのはどんな場面?
相手が感情的なときや権威主義的な組織文化では逆効果になることがあります。
相手が怒りや不安で冷静さを失っているときに論理的に主張しても、「話を聞いてもらえていない」と感じさせてしまいます。まずは傾聴に徹し、相手が落ち着いてからアサーティブに伝える方が建設的です。
また、組織文化によっては「上に意見を言うこと自体がタブー」という暗黙のルールがある場合も。状況を見極め、段階的にアプローチする判断力も磨いておきましょう。
DESC法の具体的な使い方は?
DESC法は「描写→表現→提案→選択」の4ステップで伝えるフレームワークです。
たとえば、同僚に資料の修正を依頼する場面では、「先日お渡しした資料のグラフの件ですが(D)、このままだと誤解を招きそうで心配しています(E)。明日までに修正版をいただけると助かります(S)。難しければ、私が手伝うことも可能です(C)」のように使います。
慣れるまでは紙に書き出してから伝える練習をすると、スムーズに言葉が出てくるようになります。
アサーションの練習は何から始めればいい?
まずは1週間のセルフモニタリングで自分のパターンを観察することから始めます。
「言いたいことを言えなかった場面」「つい攻撃的になった場面」を記録し、どんな状況で非アサーティブになりやすいかを把握します。パターンが見えたら、リスクの低い日常場面で小さく実践を始めましょう。
いきなり職場の難しい場面で試すのではなく、家族や友人との会話から始めると、失敗しても立ち直りやすく、継続しやすくなります。
アサーションが苦手な人の特徴は?
「断ると嫌われる」「自分の意見には価値がない」という思い込みが共通しています。
幼少期から「周囲に合わせることが良いこと」と教えられてきた人は、自己主張に罪悪感を抱きやすい傾向も見られます。また、過去に意見を言って否定された経験がトラウマになっているケースもあります。
こうした思い込みは、小さな成功体験の積み重ねで徐々に書き換えられます。「意見を言っても関係は壊れなかった」という経験が、自信につながっていきます。
まとめ
アサーションで成果を出すポイントは、木村さんの事例が示すように、セルフモニタリングで自分の癖を把握し、DESC法やIメッセージで伝え方を構造化し、小さな実践を積み重ねるという流れにあります。メリットとデメリットの両面を理解したうえで取り組むことが、継続と定着の鍵となります。
初めの1週間はセルフモニタリングに集中し、2週目からは1日1回、リスクの低い場面でアサーティブな言い回しを試してみてください。3ヶ月続けると、伝え方の選択肢が増え、対人関係のストレスが目に見えて減っていくことを実感できるでしょう。
小さな実践を積み重ねることで、職場でのコミュニケーションも交渉も、今より格段にスムーズに進むようになります。
