ー この記事の要旨 ー
- Will-Can-Mustは「やりたいこと・できること・すべきこと」の3つの視点でキャリアを整理し、自分に合った働き方を見つけるためのフレームワークです。
- 本記事では、3要素の具体的な書き出し方から、1on1・転職・部下育成といった実務場面での活かし方までを、ビジネスケースを交えて解説します。
- Will-Can-Mustを定期的に見直す習慣をつくることで、キャリアの方向性に迷ったときも、自分の軸に立ち返って判断できるようになります。
Will-Can-Mustとは|キャリアを整理する3つの視点
Will-Can-Mustとは、「Will(やりたいこと)」「Can(できること)」「Must(すべきこと)」の3つの視点からキャリアを整理するフレームワークです。
キャリアの方向性を考えるとき、「好きなことを仕事にしたい」「でも今の自分にできることは限られている」「そもそも会社から求められている役割もある」と、頭の中で複数の要素がぶつかり合うことは珍しくありません。Will-Can-Mustは、この混線した思考を3つの領域に分けて可視化するための道具です。
Will・Can・Mustが指す内容
Willは「自分が心から取り組みたいこと」を指します。キャリアビジョンや価値観、「こうありたい」という将来像がここに含まれます。心理学者エドワード・デシとリチャード・ライアンが提唱した自己決定理論(人間の内発的動機づけを自律性・有能感・関係性の3要素で説明する理論)では、自律性が動機の中核とされています。Willの明確化は、まさにこの自律性を言語化する作業です。
Canは「現時点で自分が発揮できるスキルや経験」です。業務スキルだけでなく、対人調整力や段取り力といったポータブルスキルも含まれます。
Mustは「組織や役割から求められていること」を指します。ここには職務上の責任だけでなく、チームへの貢献や会社のミッションへの共感も含まれます。
3つの円が重なる領域の意味
Will・Can・Mustは、それぞれを円として描いたとき、3つが重なる中心部分が「自分にとって最もフィットする仕事の方向性」を示します。注目すべきは、3つが完全に一致する必要はないという点です。重なりが小さい場合は、どの要素を広げるか、あるいはどの要素の見直しが必要かを考える出発点になります。
自分のキャリアを俯瞰するための最初のステップとして、Will-Can-Mustほどシンプルで使い勝手の良いフレームワークは多くありません。キャリアデザインの全体像や具体的なステップについては、関連記事『キャリアデザインとは?』で詳しく解説しています。
Will-Can-Mustで見えてくるキャリアの課題
Will-Can-Mustを書き出すと、3つの要素の偏りやギャップから、自分のキャリア課題が浮き彫りになります。
ビジネスケースで理解するWill-Can-Must
入社8年目の企画部門に所属する田中さん(仮名・30代前半)は、直近の1on1ミーティングで上司から「来期のリーダー候補として期待している」と伝えられました。ただ、田中さん自身はデータ分析を深めたいという志向が強く、マネジメントに進むことにためらいがあります。
そこでWill-Can-Mustを書き出してみると、Will(やりたいこと)は「データを使った企画提案」、Can(できること)は「市場調査・資料作成・後輩指導」、Must(すべきこと)は「チームリーダーとしてメンバーを束ねる役割」でした。
WillとMustにズレがあることが一目でわかります。ここで田中さんが検討したのは、「データ分析の専門性を活かしたチーム運営」という方向性です。Canにある後輩指導の経験を軸に、分析チームのプレイングマネージャーとしてWillとMustの重なりを広げる選択肢が見えてきました。
※本事例はWill-Can-Mustの活用イメージを示すための想定シナリオです。
3つのバランスが崩れるとどうなるか
実務の現場では、3つの要素のうちどれかに偏った状態が続くと、キャリアの停滞感や不満につながるパターンがよくあります。
Mustだけが肥大化している場合、「やらされ感」が強まり、エンゲージメントが下がりやすくなります。ギャラップ社の調査(State of the Global Workplace 2024)によると、仕事に積極的に関与していると感じる従業員は世界全体で23%にとどまるとされています(※数値は調査時点のもので、業界・地域により差があります)。MustとWillの乖離は、この数字の背景の一つと考えられるでしょう。反対に、Willばかりが先行してCanが追いつかない場合は、理想と現実のギャップにフラストレーションを感じることも。
ここが落とし穴で、Canを過小評価している人は意外に多いのです。日常業務の中で当たり前にこなしていることは、本人にとっては「スキル」として認識しにくい。周囲からのフィードバックや、業務の棚卸しを通じて初めて「これも自分の強みだった」と気づくケースが少なくありません。
自己効力感(自分ならできるという信念)が低い状態だと、Canの欄がなかなか埋まらないことがあります。自己効力感の高め方については、関連記事『自己効力感とは?』で掘り下げています。
Will-Can-Mustの書き出し方|3ステップで整理する
Will-Can-Mustを整理するには、Canから書き始め、問いかけで深掘りし、3つを重ね合わせるという流れが実践的です。
Canから始めると手が止まりにくい
実は、「やりたいこと」から考え始めると、壮大なビジョンを描こうとして筆が止まる人が多いのが現実です。まずCanから着手するのがおすすめです。
Canは「今の自分が実際にやれていること」なので、事実ベースで書き出せます。過去1年の業務を振り返り、担当したプロジェクト、任された役割、周囲から頼られた場面をリストアップしてみてください。「エクセルでのデータ集計」「社内プレゼンの資料作成」「新人の業務フォロー」など、粒度は細かくて構いません。
問いかけリストで深掘りする
書き出しの精度を上げるために、各要素に対応した問いかけを活用すると掘り下げやすくなります。
Willを深掘りする問いかけ 「時間を忘れて没頭できる仕事は何か」「5年後にどんな仕事をしていたいか」「お金の心配がなければ何をするか」
Canを深掘りする問いかけ 「上司や同僚から褒められたことは何か」「他部署の人から相談されるテーマは何か」「前職から一貫して発揮してきた力は何か」
Mustを深掘りする問いかけ 「今期の評価項目で求められていることは何か」「チームや部門で自分に期待されている役割は何か」「会社のミッションと自分の業務の接点はどこか」
ポイントは、各問いに対して最低3つは回答を書き出すことです。1つだけだと表面的な答えにとどまりがちですが、3つ目あたりから本音が出てくる傾向があります。
書き出した内容を重ね合わせる
3つの要素がそろったら、重なりを確認します。具体的には、WillとCanの共通項、CanとMustの共通項、WillとMustの共通項をそれぞれ書き出し、最後に3つすべてが重なるテーマを探ります。
田中さんのケースでは、「データ活用」がWillとCanの重なりに、「後輩育成」がCanとMustの重なりに位置していました。3つの円が重なるゾーンに「データ分析チームの育成」というテーマが浮かび上がった形です。
重なりが見つからない場合でも、それ自体が重要な発見です。CanをWillに近づけるために新しいスキルを学ぶのか、Mustの解釈を広げてWillとの接点を探るのか。次のアクションの方向性が見えてきます。
Will-Can-Mustの活用場面|4つのシーン
Will-Can-Mustは自己分析だけでなく、1on1、転職、部下育成、目標管理といった多様なビジネスシーンで力を発揮するフレームワークです。
1on1ミーティングでの活用
上司が「最近どう?」と聞くだけの1on1ミーティング(上司と部下が1対1で行う定期的な対話の場)では、表面的な業務報告に終わりがちです。部下にWill-Can-Mustを事前に書き出してもらった上で対話すると、質が格段に変わります。
「今のMustとWillのギャップをどう感じている?」と問いかければ、本人のキャリア志向に踏み込んだ会話が生まれます。実務では、四半期に1回の頻度でWill-Can-Mustを更新し、1on1の場で変化を確認するサイクルが取り入れやすいでしょう。
転職・キャリアチェンジの判断材料にする
転職を考え始めたとき、Will-Can-Mustを書き出すと「なぜ転職したいのか」の解像度が上がります。
正直なところ、「今の仕事が合わない」という漠然とした不満だけで動くと、転職先でも同じ課題を抱える可能性があります。WillとMustのズレが原因なのか、Canが活かされていないことが原因なのかによって、打ち手はまったく異なるからです。
転職活動では、Canの棚卸しがそのまま職務経歴書の材料になります。さらに、Willを言語化しておくことで、面接での志望動機に一貫性が生まれます。30代のキャリアプランにおける自己分析の進め方やSMART目標の設計については、関連記事『30代のキャリアプランはどう考える?』で具体的なステップを紹介しています。
変化の時代におけるキャリア戦略の全体像については、関連記事『キャリアマネジメントとは?』で解説しています。
部下育成・チームマネジメントに使う
管理職やリーダーの立場からは、メンバー一人ひとりのWill-Can-Mustを把握することが、適切な人材配置やモチベーション管理の土台となります。
たとえば、あるメンバーのWillが「顧客との直接対話」にあるのに、バックオフィス業務ばかり割り当てている場合、本人のエンゲージメントは下がる一方です。タレントマネジメントの観点からも、Willを踏まえた役割調整は離職防止に直結します。
年度目標やOKRとの連動
「この目標、正直なところ自分ごとに感じられない」。期初の目標設定シートを前に、こうした違和感を抱えた経験はないでしょうか。会社のOKR(Objectives and Key Results:目標と主要成果指標)や年度目標を設定する場面で、Will-Can-Mustを使うと個人目標の納得感が変わります。
MustをOKRの「Objectives」に対応させ、その達成にCanをどう活かすかを考え、WillとMustの接点を見つけて「やらされ目標」から「自分ごと化した目標」に変換する。この流れを意識するだけで、目標管理シートの記入が単なる作業から、キャリアを考える機会に変わります。
業界・職種別の活用ヒント
ITエンジニアの場合、CanにはAWS認定やスクラム開発の経験といった技術スキルを具体的に書き出し、Willに「アーキテクト志向」「PM志向」などの方向性を加えることで、次に取得すべき資格やプロジェクト経験の選択がクリアになります。
経理・総務などバックオフィス職では、Canに簿記2級やERPシステムの運用経験を書き出し、Mustとして「業務効率化の推進」を位置づけると、Will(たとえば「経営に近い仕事がしたい」)との接点としてFP&A(財務計画・分析)領域へのキャリアパスが浮かび上がることもあります。
「一度書いて終わり」にしない|Will-Can-Mustを活かし続けるコツ
「一度書いて終わり」にしてしまうケースは少なくありません。定期的に見直しながらキャリアの指針として使い続けることが、このフレームワークの本当の価値を引き出すカギです。
定期的なアップデートの頻度と方法
Will-Can-Mustは固定された自己分析ではなく、変化するものです。大切なのは、見直しのタイミングをあらかじめ決めておくことです。
実務では、以下のタイミングでの更新が取り入れやすいでしょう。
- 四半期ごと:1on1や評価面談の前に、3つの要素に変化がないかを確認する
- 異動・昇進時:Mustが大きく変わるため、WillとCanとの整合を再チェックする
- モヤモヤを感じたとき:キャリアの停滞感やストレスの正体をWill-Can-Mustで分解する
1回の見直しにかける時間は30分程度で十分です。前回の書き出しと比較して、どの要素が変化したかを記録しておくと、自分のキャリアの軌跡が蓄積されていきます。
成長マインドセット(能力は努力で伸ばせるという信念)を持っていると、Canの欄を「今はまだできないが、伸ばせる領域」として前向きに捉えやすくなります。成長マインドセットの詳細については、関連記事『グロースマインドセットとは?』で解説しています。
Mustをジョブクラフティングで捉え直す
Mustを「やらなければいけないこと」と受け身に捉えると、義務感が先に立ちます。ここで活用したいのが、ジョブクラフティング(自分の仕事の内容や捉え方を主体的に再設計するアプローチ)の考え方です。
たとえば、「月次レポートの作成」というMustがあるとします。これを単なるルーティン作業と捉えるか、「経営判断に使われるデータを自分がまとめている」と意味づけするかで、Willとの距離が変わります。
見落としがちですが、Mustの捉え直しはWillを変えなくてもWillとMustの重なりを広げられる方法です。組織から求められている役割の中に、自分なりの意義を見出す。この作業が、エンゲージメントの回復やキャリアの再活性化を後押しします。
プロティアン・キャリア(自分自身が主体となってキャリアを形成する考え方)の観点からも、Mustを受動的に捉えず、自らキャリアをデザインする姿勢が求められる時代です。プロティアン・キャリアの詳細については、関連記事『プロティアンキャリアとは?』で解説しています。
よくある質問(FAQ)
Will-Can-Mustのワークシートはどう書けばいい?
紙やスプレッドシートに3つの列を設け、各要素を書き出す方法が実践的です。
Canから着手し、過去1年の業務実績をもとに5〜10項目をリストアップします。次にMustを職務記述書や評価シートから抽出し、最後にWillを問いかけリストで深掘りする順序が進めやすいでしょう。
完成したら3つの共通項にマーカーを引き、重なりの多いテーマを「今後注力する方向性」としてまとめてみてください。
Willが見つからないときはどうすればいい?
Willが明確でない場合は、CanとMustの重なりから仮のWillを設定するのが現実的です。
「やりたいこと」を無理に探そうとすると、かえって焦りを生みます。今できていることの中で、少しでも手応えや達成感を覚えるものがあれば、それを起点にWillを育てていくアプローチが一案です。
「やりたいことがない」こと自体は問題ではなく、行動しながら見つかるケースも多いという点を覚えておいてください。
Will-Can-Mustとキャリアアンカーの違いは?
Will-Can-Mustは方向性を探るフレームワークで、キャリアアンカーは不動の価値観を特定する理論です。
キャリアアンカーは組織心理学者エドガー・シャインが提唱した概念で、「自律」「安定」「創造性」など8つの分類があります。Will-Can-MustのWillを深掘りする際にキャリアアンカーを参照すると、自分の価値観をより精緻に言語化できます。
キャリアアンカーの詳細や活用方法については、関連記事『キャリアアンカーとは?』で解説しています。
Will-Can-Mustは転職活動でどう使える?
転職の動機整理と自己PRの一貫性を高めるツールとして活用できます。
Canの棚卸しは職務経歴書の材料になり、WillとMustのギャップは「なぜ転職するのか」の説明根拠となります。面接官に対して「現職のMustと自分のWillにこういうズレがあり、御社ではそれが重なる」と説明できれば、志望動機に説得力が増します。
書き出した内容をそのまま転職エージェントとの面談で共有するのも一案です。
Will-Can-Mustを1on1でどう活用する?
部下に事前記入してもらい、その内容をもとに対話する方法が実践的です。
上司は「今のMustについてどう感じているか」「Canで活かしきれていないスキルはあるか」といった問いかけを通じて、部下のキャリア志向と組織の期待をすり合わせることができます。
四半期ごとに更新した内容を1on1で振り返ると、部下の変化を継続的に追えるようになります。
まとめ
Will-Can-Mustでキャリアを整理するポイントは、田中さんのケースが示すように、3つの要素を書き出してギャップを可視化し、重なりを見つけて方向性を定めるという流れにあります。
初めの一歩として、30分の時間を確保し、Canの欄に過去1年の業務実績を5つ以上書き出すことから始めてみてください。四半期に1回のペースで見直すだけでも、自分のキャリアの変化が蓄積されていきます。
小さな書き出しの積み重ねが、転職や異動、昇進といった節目での判断をスムーズにし、納得感のあるキャリア選択を支えてくれるはずです。
